2013年08月28日

アンケート回答(その2 読書についてA)

【読書と読解力の問題について】
Q すぐに「何が言いたいのか、内容がわからない…」と言ってじっくり考えようとしません。(吹田)
Q 本は好きで記憶力があり、文章をそのまま丸覚えしています。それなのに、理解がいまいちのような気がします。 (草津)
Q 読解力が足りないのか、物語を読んで内容を理解するのにとても時間がかかります。(三田)
Q さらっと読み流すだけで、何を伝えたい文章なのかわかっていないことが多いです。(三田)
Q 読むのは早いのですが、内容を理解できていないことが多いです。(東灘)
Q 本は読むのに、読解力が弱いです。(三田)
他多数

読書が好きなのに、読解力がついていないと思われる場合、二つの点について検討しなくてはいけません。
一つは、読んでいる本がどのような本かということ。考える必要性があるものを読んでいるかどうかということです。
娯楽本は文字に親しむことはできますが、深く考える必要のないものです。また、自分の考える能力より低いものを読んでも、考える必要がありません。
これは、文字数の多さのことを言っているわけではありません。文字数を少なくしても、深い主題のあるものに手を付けてください。絵本でも深い精神性を持ち、大人も読み返し新たに意味を見出すことはできます。
お勧めの本をまた後に載せます(「おすすめの本について」)ので、参考にしてください。

二つ目は、「考えるくせ」がついているかどうかということです。本を読む姿を見ると、親や先生が喜ぶので「とりあえず文字を見ている」ことがあります。しかし、考えるクセがついていないために文字から内容をきちんとイメージしたり、伏線を覚えておいて後で全体をつなぎ合わせたりできないのです。また、主題を考えるというのも、ある程度のトレーニングが必要です。
簡単なトレーニングとして、教室でも用いているものを一つご紹介します。
まず「題名」や「表紙」に注意を向け、その題名や表紙の絵が何を意味するのか、どんな内容であるかを、あらかじめ予想して、話し合います。そうすると、自然と内容が気になり、「読み取り」しようと、心と頭が動きやすくなります。この時、慣れるまでは、親御さんやご兄弟と、ちゃんと口に出して話し合って下さい。
親子の会話が難しくなってくる年齢になってしまった場合は、必ず来る自分の試練や問題を「本」で解決するようにするのがいいと思います。親が困った問題や、興味のある物事を本を読んで解決している姿を見せておきましょう。
問題集で読解力をつけたいならば、随筆や小品を用いた完結したものを優先的に読みましょう。そして、問題を解く前に、内容を多少間違っていても構わないので要約してから解くようにすると、考えるクセがついて、ゆっくりですが力がついてきますよ。
重ねて申し上げますが、子どもだけではこうした「先々必要な知力」を鍛えることはめんどうで、「直前の楽しみ・快楽」に負けて選べません。誰かが促してやることが必要です。


【読書と記述力・表現力について】
Q 本を読むけれど、どう感じたのかがはっきりしないです。(東灘)
Q 本をよく読むのに単語の使い方が適切ではないことが多くあり、それを正しています。なぜ、語彙力があがらないのでしょうか。(吹田)
Q 「て、に、を、は」などを間違って使います。(東灘)
Q 本はよく読むが、文章はかけません。(吹田)(東灘)
Q 文章をまとめられず、テストの記述問題がかけません。どうアドバイスしていいかわからない。(三田)
Q 作文や学級新聞などの文章がうまく書けません。(三田)
他多数

語彙がないと自分の感情もうまく見つけ出せません。最近の若者は、「ヤバイ」で驚きも感動も喜びもつたえてしまいますね。時と状況次第で伝わらなくなってしまう表現しか使えないことは、子供の知能・知性にダメージをあたえるのみならず、一生において様々な困難を予想させてしまいます。
子供たちは、多様な人間との交わりが減ってしまうと、気持ちを伝える必要がなくなってしまい、伝わる伝える実感を持たないで成長してしまうと、語彙を増やすチャンスを失ってしまいます。もし、お子さんの語彙や表現力が足りないと感じた場合、今までの環境がその能力を必要としなかったということでもありますので、環境を意識して変えましょう。
習い事なども、大人とのかかわりがあるものを優先しても、言葉で何かを伝える、理解する必要が出てきますから、そういうところでも学べるかもしれません。
子どもが語らない場合、親が畳み掛けるように言ってしまうことがありますが、時には待ってあげて下さい。

学校の作文をおろそかにせずに、類語辞典などを使って、よく言葉を吟味して、書く、また書けたり伝わったりできたときには、きちんとほめてください。

表現力と記述力を上げるには、とにかく、書く量を増やさなくては、力はつきません。いわゆる「マンガ作文」が一番手軽で、確実です。できれば、絵で語られるストーリーを文字化すると、自然と力が付きます。
低学年であれば、絵本を作る、
中・高学年であれば、学校であったいくつかの授業を自分でレポートにまとめる、学校の作文をバリエーションを変えて書く
高学年であれば、読んだ本の内容をまとめる、など

子どもの能力は、特に小学生は同年代間でも差が大きいので、誰でも同じことをすればよいとは言えません。しかし、とにかく書いて人に見せるという経験が多い方がいいと思います。
posted by るみ先生 at 12:34| Comment(0) | 公開講座関連

2013年08月24日

アンケート回答(その1 読書について@)

読売新聞の読書感想文講座を各地で、総計5回行いました。
毎回終了時にアンケートを実施しているのですが、その中に国語の悩みをお伺いする欄を設けています。
遅くなりましたが、その時のアンケートに対する回答を、ジャンル別に挙げてまいります。

今回は「読書」について

【読書について】
Q 子どもが国語や本に興味がもてず、重要だと思っていません。どうしたら読んでくれますか?7/7(草津)
Q 本を読む習慣がありません。7/7(草津)
Q 読書の習慣がつきません。(吹田)
Q 子どもが本を読まなくて困っています。(三田)
他多数

A 遠い未来の、そして緊迫しない目的に対しては、誰しもモチベーションがあがらないものです。しかも、現在は「読書」より刺激的な楽しみが世にあふれています。しかし、思考を鍛えるものとして受け入れる工夫が必要です。
受け入れる素地を作るには、早ければ早いほどいいです。

小3くらいまででしたら、「たのしさ」を重点的に、まずは面白そうな本を読むことから始めてください。学年相応でなくても大丈夫です。読みなれてから、字の多い本に移りましょう。特に1・2年生は、ゲラゲラ笑えるくらい楽しいものから、読書にはまる子が多いです。また、やんちゃな子ほど、シリアスな、あるいは少し悲しいくらいのお話が好きなものです。手には取りにくいので、一緒に読んで感想を語り合っていくと、自然と手に取りだします。

小4以降だと、言語能力を身に付けられる時期が切迫していますので、とにかく読むべきです。たとえば、必要から読むのはいかがでしょうか。たとえば、サッカーをしているならば、そのハウツーものや、有名選手の伝記など。お料理が好きならば、それに関連する本を使って何かをする、など。
また、読み聞かせから卒業できない場合は、途中までは読んであげても、最後までは理由をつけて読まないようにすると、気になって一人で読みだすことが多いです。

「本当の学力」を鍛えるのが目的だとするなら、少なくとも最初は深い主題のあるなし、あるいは高度な内容は必要ありません。また、叱っては継続のためには逆効果なので、一緒に楽しむような気持ちで紹介し、本を読むということを、なにかの手段の一つとして示してみてください。この「文字認識」の学力は、17歳ごろの学力に直結しますので、
もし、お子さんが小さいならば、ゲームやテレビ等の受動的で刺激の強いものは少しだけ遠ざけて下さい。完全に禁止するのはご時世がら難しいので、せめて時間を短くしましょう。
曽野綾子氏の「太郎物語」という本には、テレビがなければ生きていけないと泣く太郎に対し、父親がテレビを庭石に投げつけて壊し、ひまでひまで仕方がなくなった太郎は本を読むようになった、とあります。また同著高校生編には、大人が読んで面白いもの、たとえば子育てのハウツーものも子供に直接与えてしまう、という記載があります。わたしも子供の時から無類の本好きですが、このやり方に近い形で育ちました。


Q たくさんの本を読ませたいので、子ども本人に読みたい本を選ばせています。ただ、読んで終わっているだけです。読書には量か、質か、どちらを優先させたらいいですか?7/7(草津)

 子どもの成長に、読書は量も質も大切です。熟読は読解力をつけますし、濫読は文字に慣れさせてくれます。また、読書好き・読解力のある人は、一度は多読期を経ています。
ただ、多読している本の内容が軽くただ楽しいだけのものの場合、少しずつ深みのあるものを読み足していくとよいでしょう。また、その時も、理解できないような内容をただ読むのではなく、精神年齢に相応なむずかしさのものを選ぶのが大切です。

 残念なのは、精神年齢に相応する読解力を持っていない場合、あるいはその逆です。その場合、本の後ろにある「対象学年」というものから外れてきます。個人的な経験から言うと、そうした子どもは少なくありません。
 したがって、とにかく読む力を鍛えること、そのための本は「量より質」です。
しかし、娯楽本やハウツー本を読むだけでは、「文字理解力」は上がっても、語彙や表現力を増やしたり、深い思考や情緒など、二次的な成長ができませんので、ある時期(濫読時期の後、あるいは、高学年)が来たら、好む好まざるにかかわらず、学校の先生や図書館司書の方の助けの元、「難しそうな本」「文学」にも挑戦した方がいいですね。
教室の生徒に関して言うと、それぞれの性格の違いや好みなどが分かりだすと、講師からオススメ本を紹介します。すると、また違った楽しみが出てくるようで、また改めてオススメ本を聞いて来たり、自分で同じ作者やジャンルの本に手を伸ばします。そうした過程を経て、読書の幅が広がっていきます。

(つづく)
posted by るみ先生 at 16:39| Comment(0) | 公開講座関連

2013年08月19日

ギニーと背中のポケット

一週間のお盆休み、いつものように旅行中でしたが、帰国した日曜日、元上司で師でもあるМ先生が、亡くなられたとの訃報を受けました。
急ぎ通夜に駆けつけることができました。
お顔は生前と変わらず、優しげな面持ちでした。
通夜の席中、涙のようにぽたりぽたりと、二つ花が落ちました。
まだ信じられません。
私が起業するかどうか、迷っていた時、彼は力づけ、励まし、背中を押して、初めの第一歩を踏み出すさまざまなアドバイスをくれました。

今日はその時の思い出の話を一つ。

個人的には、「教育」というものでお金を得るのがなんとなく心苦しい。
しかし、生活するにも、さらに活動を広めるにも資金は必要。
正直にそんなことを相談すると、
先生がしてくれたのが、「ギニーと背中のポケット」のお話。

その昔、イギリスでは、「ギニー」という通貨の単位がありました。1ギニーは21シリング、しかし、20シリングと同じ1ポンドとして使います。1シリング分は「心」や「感謝の気持ち」を表すもので、医者や教師、いわゆる「先生」に支払うお金は「ポンド」ではなく「ギニー」で支払うのが礼儀だったそうです。

教師のお金とは、そうしたもの。見えない価値。
そして、その支払われるのは、教師の背広の「背中のポケット」。腰のポケットではない。「自分」個人のものではないのだよ。
貰ったお金は「その人個人のもの」というより、その精神性によるもの。請求するものではなく、渡されるもの。
奉仕し、感謝されて、食べていける。教師っていい仕事じゃないか。
私は私の信念を貫けるよう、頑張ればいいだけだ、
と。

実際、踏み出すと、
したいことが少しずつ広がり、研究も勉強も幅を広げ、後進を育て、同じ志を持つ人を募り、集まり、さらなる師に会い、指導を受けて、つらいこともあったけど、それ以上に喜びも大きく…
私の背中のポケットのギニーを使いながら、さらに大きく返していけるように、楽しさと喜びをすべての人と分かち合いながら、ここまで、今、道半ば。

ダメなところもあるし、いいところもある、私は私のベストを尽くそう、と
私が今、子供たちと接しながら励ますように、励ましてもらいました。

いやはや、こう書くとものすごい人のようですが、М先生は完璧な人でも、聖人でもありません(ごめんなさい)。が、偽らず、チャーミングな人でありました。上司というより、愚痴や悩みを打ち明ける、(でもちょっと頼りない)メンターのような存在でした。

彼の人生が私を少し変えたように、私も誰かの大きな一歩の励ましの存在になれるでしょうか?
М先生の死を悼むと同時に、彼の遺した意味と意義、
人生の不思議な縁、
思えば、20代の私は自分がこのようになろうとは思いもしませんでした。

もう一人の師のアドバイス
「していることがいいことならば、十年でも続く、
私が選ばなくても、世の中が選んでくれる」と一致して
もらった勇気を誰かに返しながら
改めて、私の道を歩こうと思いました。それが、未来を引き継ぐということ。

М先生の御冥福を心からお祈り申し上げます。
posted by るみ先生 at 00:09| Comment(0) | 塾長のつぶやき