先日、嬉しいことがありました。
中学生で、一通りの基礎を終えた生徒ですので、さまざまな取り組みをしているのですが、中学入試にも出るある物語を読んでもらいました。そして、まずは要約をお願いしました。
すると「難しい」と頭を抱えたのです。
ストーリー自体はそれほど難しいものではありません。また、彼の能力をもってそれができないとも思えませんでした。
しかしながら、その話には重要な「小道具」かあり、それが暗示するものが彼の中で一度読んだだけでは分からなかったのです。そして、それがわからなければあらすじは書けない、と、言ったのでした。
それは、こちらから問いかけて気づいてもらうつもりのものだったので、私としては大変感激しました。
これこそが、私の望んでいた状態です。自ら、「小説」を作者の意図ある表現と思想、そして感情表現のあるものとしてとらえ、自問し、そして探り当てようとする。作者の感受性と自分のそれとがリンクするところを探り当てたとき、彼はなんとも言えない顔で、その作品を読み直していました。
よい文学作品には、心の糧になる。小説の読み方が若いうちにわかったなら、彼らはすべての世界から自分に取り込むもの・財産を見つけることができるでしょう。
学習が進んだ生徒とは、こうした文学の「深読み」授業が展開されています。これは哲学や自然科学の文章を読んだり、社会的なデータの分析をしたりしながら、自分の考えや気づき部分の焦点を合わせていきます。そんな生徒が増えてきたのは、私にとっては本当に嬉しいことです。
時に、私の予想を超えた感じ方考え方分析をしてくれる、指導者でありながら、子供たちが羨望の対象になる。こうした授業が「仕事」ではありますが、私にはとても刺激的で幸せを感じるのです。
2011年09月12日
楽しい深読み
posted by るみ先生 at 13:37| Comment(0)
| 学習方法
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